2008年5月 2日 (金)

久しぶりに堀論

正直な話、すっかり掲載するのを忘れていました★

進化した堀論をどうぞ!

こんにちは。スクールマスターの堀です。

 春が来ました。新たな学年へと進み、希望に満ち溢れている子供達の笑顔がとても輝かしく感じられます。子供の頃、新年度を迎える時感じたウキウキした気持ち・・・子供達にそれを思い出させてもらっているようです。人というのは本当は毎日新しく変わることができ、現実に変わっている。けれども、こういう節目においてしか、その変化の喜びを感じられなくなってしまっているのかもしれません。「変化」が人生に歓喜を与えてくれるのだとしたら、私は毎日子供達の「その瞬間」に居合わせてもらっているのだと、ありがたい気持ちになりました。

 この4月、オリベにも「ジュニアユースチーム(中学生チーム)」という新たなものが生まれました。
 私は、この中学生チームにやるべき2つのことがあると感じています。ひとつは彼等に「生きたサッカー」を取り戻してもらうこと。今、サッカー界は子供の心が閉ざされつつあると感じています。一番熱くなっているのはベンチと観客席の我々大人だけ・・・子供達はどこか窮屈そうにサッカーをしている。それが私の率直な感想です。
 先日、高校で3日間の遠征に行きました。初日からとにかく戦術的なことを厳しく要求してきました。そして、最後の締めのゲームとして、「勝負にこだわってやってこい」とそれだけの指示で送り出し、試合も黙って観ていました。結果は4-1の快勝でしたが、サッカーの中身はひどいものでした(苦笑)でも、私は彼等にこんな言葉をかけました。「今日のゲームはこの遠征中で一番でたらめなサッカーだった。けれど、最も熱く歓喜したサッカーだった」と・・・その日の夜、家に帰ると東京から甥っ子が来ていました。私はあまりに疲れていたので遊んでやることもできず、すぐ布団に入りました。ちょっとすると彼がやってきて、覚えたての【ものすごく下手なひらがな】で「ようへいくんおしごとがんばってね」と書いた紙をくれたのでした。正直、涙が出そうになりました。子供の相手を喜ばせようという一生懸命な姿に人は感動するのだと、決して我々大人が求めるような合理的で無駄のない見た目の良いものに心は動かされるのではないのだと改めて気付かされました。
 誰一人ボール扱いなど上手くないけれど、幼い子供達が団子になってワイワイ一生懸命ボールを追う姿、なんでもない遊びの試合でゴールを決めて飛び跳ねる子供達の姿。サッカーの原点はそこにあるのだと感じるのです。

 
 人間のみが持ち合わせた最高の資質は、感情なのだと感じます。「想い」ののっからない言葉や行為は人を動かせない。技術や戦術の追求はある一定ラインを超えてから始まるものです。けれど始まりも終わりもあるのは「チームの喜びを目指して一生懸命やる」ことしかないのだと思います。それが大人からみれば幼稚で無駄なものだとしても・・・
そして、もう一つは、能力開発とは「エゴの放棄」でしかないということを感じてもらうこと。
チームで勝利を目指すのに、チームのことを考えていない人間がいたらサッカーがうまくいくはずがありません。チームメイトと協力しなければ勝てないのに、人の気持ちや場の空気を察する能力なしに協力などできません。サッカーの向上を目指すのに、お菓子をバクバク食べ、TVゲームやパソコンにかじりつき、不摂生な生活をしていたら サッカーの能力など向上するはずがありません。そんなことは考えてみれば当然のことだったのです。

 
 これは今私の中でゆるぎのない「人間育成の根本」でもあります。
 まとめるならば、「人間が最も情熱を感じる行為の中にはエゴなど存在しない。」ということだと思います。

 
 子供は母や父や大人達を喜ばせる為に一生懸命生きています。「七歳までの子供の言動、価値観全ては両親の生き写しだ」とも言われます。だからこそ、今この時代、我々大人が「正しい生き方」を追求しなければならないのではないでしょうか。もしかしたら、幼い子供達は我々大人に早く気付いて欲しいと感じているのかもしれません。「もっと自然な幸せな生き方が目の前にあるのだ」とういうことを・・・

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